園芸家の父のこと

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田舎育ちですから、子どもの時から庭があることは自然なことでした。小学生のときに新築で家ができて、家が建って庭を造る~立ち木と芝と池のある和風庭園が完成!。譲り受けたというニシキゴイだっていました^^。
しかしその庭が美しく整っていたのは10年くらいだったでしょうか?
、、いつしか、そのスペースは草花苗でうめつくされるように。

公務員をつとめあげた父は、あんがいと面白い人で、高校生の時に既に園芸部で以来数十年にわたり植物を育て続けている、という筋金入りの園芸家です。年がら年中庭ですごいしていて、まるでカレルチャペックの園芸家12ケ月のよう。

 家族で楽しむ庭先の花もあるにはあったのですが、、いつしか、園芸の産物は販売にむすびつくようになりました。腐葉土も手作りするし、さらに出荷する場所もどこからかみつけてくるので、季節をおって常に庭では種から育てた苗を大量に育てていたのでした。それはもはや、愛好家というよりも生産家です。そりゃあ、庭は散らかるし、毎日の水やりのためにお出かけは限られるし、その様子は家族にとってよろこばしいことばかりではありませんでしたね。

 お茶目な父がいう『わしのファン』という園芸好きの人たちもわずかながらついていただき喜ばれたようです。こつこつ作業をし、几帳面に毎日ノートに日記をつけ、打ち込んでいるだけあって活動は幾ばくかの収益を生み、ささやかながら確実に家の余裕にはつながったとおもいます。それは家計に還元されなかったそうなので、家族にはよくわかっていませんでしたが、堅実が一番ということで貯蓄にまわっていたようで、家のリフォームの折りなどに面目を発揮しました。浪費につながるの身辺を飾ったりレクリエーションの趣味というのはひかえめに、家や植物に手間をかけ、いまでは私たちもその活動に育てられていたんだなあと思います。

 夢は建築家であったとかなかったとか、しゃれた面も持ち合わせていたようですが、大家族で進学をあきらめて挫折、職場での出世競争とも距離をおき、そのかわりに自分の時間を最大限に活用して生活していました。退職してからは、小さな経済活動だけど、生き甲斐あるマイビジネスとなり、おもえばそのたくましさと独自性は尊敬に値する面が多々あるのでした。わたしは植物への親しみとともに独立心もこの父から受け継いだのかなあと感じています。

振り返ると何人かの恩人があったと話してくれることがあります。そんな話をききながら、若いサラダ菜やルッコラ、セロリなどを庭先でたくさんつんでフレッシュなサラダでもりもりいただくのが愉しみです。とってもおいしく元気がでます。
大人になってこういうことがありがたく贅沢なんだなと思えるようになりました。

by noasgarden | 2016-12-24 17:43 |  庭の四季 | Comments(0)

12ケ月のお庭とごはん


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